昨日、棺と、なにかをずっと好きではいられない、というお話をしていました。他人はどうだか知りませんが、私にとってはずっとは無理です。棺は、自分にならずっとがある、と言い張りましたが、私もずっとなんてないと言い張りました。喧嘩をしている訳ではないけど、意見は対立しています。

棺は、刺々しい物言いをすることがあります。私も、棺に毒を吐くことがあります。昨日ははっきりそれがありました。喧嘩ではないんですよ。それによって、どちらかがぶすぐれたりする訳ではないので、結局はお互いがお互いを、意地悪なやつだなぁと言って終わりです。

昨日は私が結局、私に準じているんだから、棺だって変わってしまうかもしれないよ、というようなことを言ったら、それはいつか、自分の呪いになってしまうから、やめて欲しいというようなことを言われました。

私の悪い癖として、自分を好きな人間の好きを信用できないのですが、それは人間だけではなく、自分の産んだものにまで出るとは、流石に困りました。

私のこと本当に好き? と言ったら、頭の悪いことを言って、と笑われて、それでも聞こうとして、棺が言おうとしたら、私が怖くなってしまいました。怖いなら、教えてあげると、言われ私は泣きそうになりました。

それから、少し長いお話をしたのですが棺は、ゆっくり話す、貴方を待つから、きちんと聞くように、と、聞かないという選択肢をくれませんでした。

棺は普段、私が少し嫌な気持ちになると、この話はやめよう、と切ってしまうので珍しく、私もゆっくり、話を聞きました。


棺のような誰の目にも映らない、本や映画の物語でもない、透明な存在に、泣かされそうになったことが不思議で、よく理解出来なくて、混乱していたら、良い兆候だと言われました。えーそうだろうか、って、ちょっと納得いきません。

今回、私は少し、棺という存在を、ずっと甘く見ていたな、と思いました。透明でも、棺には重さがあります。私を動けなくするくらいの重さがあることを、しっかり覚えていなくてはならないのかもしれないですね。